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よく斬れるマラカス


え、これ、全部マラカスの材料なの?

オスワルド・ソラ、通称ウサギ、の工房を訪れた私は驚きの声を上げた。

家の前には無数のカンナの花。家の中には大量のボールと木棒が転がっている。

2014年3月、ベネズエラ民俗音楽最大の祭り「エロルサの祭り」へ参加するためにベネズエラに着いた私は、国境周辺の片田舎に有るエロルサへの出発に備えるため、カラカスの宿へと向かった。

羽田発の深夜便、パリで早朝のベネズエラ行き便へ乗り換え、危険な郊外への路面電車に乗る。30時間の長旅の終着点は、歴戦のマラカス奏者「ウサギ」が住むカラカスの郊外にある集合住宅だった。

当時60を迎えた「ウサギ」はいわゆる老音楽家で、現役の一線を退いてマラカスの製作を熱心に行っていた。

長旅の後なのに「ウサギ」と来たらお構いなし。

「さあ、こいつを振ってみろ」「こいつはどうだ」

家にあるマラカスの在庫を片っ端から持ってきて薦める。

「こいつもいいだろう」「これをエロルサに持っていけ」

なんとか数組を選んだところで、「ウサギ」はこだわりをカタリだした。

「マラカスは、タパラの実と カパーチョの種で出来てるんだ」

「実はどちらも球に近く、同じサイズじゃないといかん」「同じサイズなら大きく、薄いほど音量が大きく明るくなる」

「種は大きいカパーチョ以外にも、より小さいEspuma de Sapo / カエルの泡 も使うと音が軽く出来る」

「俺のマラカスは左右で音を変えて、3度の差をつけてあるんだ」

出るわ出るわ、そのこだわり。

疲れで朦朧としている自分にはその「ウサギ顔」ばかりが気になるのだが、そんなことは意に介さない「ウサギ」。

そんな中で私は質問をひねり出した。

「ウサギよ、何でベネズエラのマラカスは取っ手が玉を貫通しているんだい? 普通のサルサのマラカスとかの取っ手は玉の一方に接着してあるだけだよね?」

「俺の親父が考えだしたんだ。だってベネズエラマラカスのアクションはすごい力がかかるじゃないか。想像してみろ、演奏中に玉からポッキリ取っ手が外れる姿を。

ポーンとスローモーションで飛んでいく玉。玉の穴からキラキラと外に流れ出る種。そして、それを演奏後に拾う自分の姿を」

!!!!!????

どんなに難しい演奏でも、涼しい顔でこなすのがベネズエラ音楽全体を貫くポリシー。「とりわけ現代のベネズエラマラカス奏者は、ステージで一番かっこよくあれ」マラカスの師匠ラジャもたしかにそう言っていた。

片方の音が鳴らないマラカスの情けなさったら無い。しかも、中の種が少しでも見つからなかったら、音は二度と元に戻らない……。元の種の数もわからないから、床に這いつくばって終演後に何時間も探すハメになるだろう。

かっこ悪すぎる。絶対そんな危険なマラカスで演奏したくないぞ。

そう思ったらベネズエラマラカスの工夫がとっても

大事に思えてきた。

こんな残念な事にならないように、現代ベネズエラマラカスは四重の対策を施している。

玉の上下に空けた穴にピッタリのサイズで貫通する取っ手。

玉の上下にはめ込まれたゴム。

その上から押し込まれるカシメ。

そして、最後にカシメを止める横軸を貫くボルト(製作家によってはボルトではなく、二重のカシメで止める)。

そしてこれらの固定はギチギチに固定してもいけない。音が生きるように、絶妙の隙間で回転

する程度に玉を浮かしてある。

まるで日本刀のようだ。

刀身を柄に柄に止める目釘をギチギチに打ちすぎては、力の抜ける先がないのである。

塗装もまた自動車用の塗料で何重にも塗り重ねられている。透明塗料だけを重ねたも素朴で美しいナチュラル、照明を反射して黒光りするブラック、白黒の衣装に映える赤、青、オレンジ、濃紺、真紅なども捨てがたい。

「何本でもコレクションしたくなるね」

そう伝えると「ウサギ」はその前歯をニカっと見せて、満足げに笑ったのだった。


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